このページの要点
- 賠償の条項は、範囲・上限・例外・物差しの4点で読む。上限の基準となる額は一義的に書く。
- 物差しは、契約金額、直近3・6・12か月の受領額、受領した報酬の総額、保険の支払限度額などから取引に合わせて選ぶ。
- 故意・重大な過失は上限の外に置く。そのほうが上限の条項そのものが守られる。
- 1項を残して上限だけを足す、歩み寄りの幅を決めておく、上限を報酬の支払義務に適用させない、といった工夫で通す。
最初に押さえること:範囲・上限・例外・物差しの4点で読む
受注者の側でレビューした契約書を並べると、損害賠償の条項に上限がない契約が驚くほど多くあります。個人や一人法人の受注者にとって、上限のない賠償は、一度の事故で事業を続けられなくなる危険を意味します。依頼者からは「ミスをしたら、いくら請求されるのか」という質問をよく受けます。
事務所は、損害賠償の条項を次の4点で読み、直しています。
- 範囲:どの損害を賠償するのか(通常の損害か、逸失利益や間接損害まで含むか、弁護士費用はどうか)。
- 上限:賠償の額に上限があるか。
- 例外:上限がかからない場合(故意・重大な過失など)は何か。
- 物差し:上限の額を何を基準に決めるか(契約金額、直近の数か月分の報酬、保険の支払限度額など)。
このページでは、受け取った賠償の条項に多い型と、上限の物差しの実例、そして受注者が上限を通すための説明の材料を中心に紹介します。保証の責任と上限の関係は権利侵害の保証、秘密保持の違反の責任は秘密保持・NDAのページもあわせてご覧ください。
受け取った賠償の条項に多い型
受け取った賠償の条項の型と、受注者に起きること
| 型 | 受け取った書き方の例 | 受注者に起きること |
|---|---|---|
| 上限なし | 乙は、甲に生じた損害を賠償する(上限の定めなし) | 一度の事故で、報酬の何倍もの賠償を求められ得る |
| 損害の範囲の拡張 | 逸失利益、機会損失、派生的な損害、甲が顧客に支払った賠償を含む | 発注者の顧客との関係で生じた損害まで負う |
| 「起因又は関連して」と弁護士費用 | 本契約に起因又は関連して生じた一切の損害(弁護士費用を含む) | 因果関係の薄い損害や、訴訟の費用まで負う |
| 軽過失も対象 | 乙の故意又は過失により(軽過失を含む) | 小さなミスでも、上限なく責任を負う |
| 単位の不明な上限 | 本契約に基づく委託料相当額を上限とする | 個別契約1件分か、累計か、年額か分からない |
| 自己解決の条項 | 乙は自己の責任で解決し、甲に一切迷惑をかけない | 第三者との紛争の費用と手間をすべて負う |
| 片面の上限 | 受注者の責任にだけ上限、発注者の責任は無制限(又は逆) | 当事者の負担の釣り合いがとれない |
弁護士費用については、契約上の債務の履行を求める訴訟の弁護士費用は、債務不履行による損害として請求できないとした判断があります(最判令和3年1月22日)。「起因又は関連して」生じた損害に弁護士費用まで含める定めは、この原則を特約で覆す方向に働きます。また、上限の単位が不明な条項について、雇用からの切替えの基本契約のレビューでは、「本契約に基づく委託料相当額」が個別契約1件分なのか、累計なのか、年額なのか分からないと指摘しました。上限を置くなら、何の額を基準にするのかを一義的に決めておく必要があります。
上限のない賠償の条項は、在宅の成果物の約款、仲介会社の基本契約とそれを使う個別契約、副業エンジニアの契約、オンラインコーチングの契約、情報セキュリティ業務の契約、多層の下請の機材設定の原案、SNSアカウントの運用の契約、講師の業務の秘密保持契約書など、業種を問わず見られました。上限がないことは、雛形の段階では珍しくありません。だからこそ、受注者の側から上限を提案することは、相手方にとっても想定の範囲内の修正であり、それだけで関係が悪くなるような申し入れではありません。
広報物のデザインのマスター契約の原案は、受注者の責任にだけ上限があり、発注者の責任は無制限という作りでした。上限が受注者を守る方向に働いている点では悪くありませんが、受注者の側から上限を相互のものとして提案すると、公平な提案として受け止めてもらいやすくなります。
設立から間もない会社からコーチングを受託する方からは、「ミスをしたときの賠償はどうなるのか」という質問がありました。契約書を読むと、賠償の範囲は通常の損害に限定されていましたが、上限がなく、軽過失も対象でした。事務所は、範囲の限定はあるものの、上限を加え、故意・重大な過失の場合だけ上限を外す但書を付けることが最も効果的だと回答しました。システム開発会社から時給制で受ける副業エンジニアの方から、賠償・解除・知的財産・秘密保持・競業の5つの懸念を尋ねられたときも、賠償は、個人には重すぎる無限の責任なので修正が必要だと評価しています。上限のない賠償は、条項の文言としては珍しくなくても、個人の受注者にとっては受け入れにくい条項です。
上限の物差しを選ぶ
上限の額を何を基準に決めるかは、案件によって違います。事務所の書類に出てくる物差しを並べると、次のようになります。
上限の物差しの実例(事務所の書類から)
| 物差し | 見られた書類 | 向いている取引 |
|---|---|---|
| 当該個別契約の業務委託料(契約金額) | オンラインコーチング、在宅の成果物の約款、雇用からの切替え、動画制作の基本契約、Webシステムの開発 | 1件ごとに完結する業務 |
| 直近3か月分の報酬 | 時間単価の開発支援の個別契約、プロダクト開発の月額契約、SEO記事の制作 | 月額・継続の業務 |
| 直近6か月間の受領額 | 技術製品の設計支援、申請支援の事業の基本契約 | 中期の継続の業務 |
| 直近12か月の受領額/当該契約年度の支払総額 | 副業エンジニアの時給制の契約、仲介会社の雛形の改訂版、再委託の契約 | 長期の継続の業務 |
| 直近1年間の報酬総額/年間の委託報酬相当額 | インシデントの後の誓約書の修正案、個人情報の覚書 | 常駐・継続の業務 |
| 受領した報酬の総額(対価の額) | 多層の下請の機材設定、ロゴ・名刺の契約、EC運営の基本契約、ロゴの確認書 | 単発・少額の業務 |
| 月額報酬の3か月分 | 構築代行の受注者の側の書式 | 月額の継続の業務 |
| 保険の支払限度額と同じ定額 | Webディレクターの秘密保持契約 | 報酬の額が小さく、委託料の基準では低すぎる業務 |
どの物差しにも一長一短があります。契約金額の基準は分かりやすい反面、1件の単価が小さい業務では上限が低すぎると言われやすくなります。直近の数か月分の基準は継続の業務に向いていますが、取引の始まったばかりの時期は「直近」の受領額が少なく、上限が極端に低くなることがあります。
受注者が自分で用意した構築代行の契約書では、上限を月額報酬の3か月分としました。月額の継続の業務なので、取引の始まった直後でも上限の額が一定に保たれ、「直近◯か月の受領額」のように開始の時期で上限が揺れることがありません。そのうえで、故意・重大な過失による場合は上限の外に置いています。物差しは、上限の額そのものだけでなく、取引のどの時点でも額が読めるかという観点からも選びます。
秘密保持契約を受け取ったWebディレクターの方の案件では、委託料を基準にすると1案件の単価が小さく、「実質的に責任を負わないのと同じ」と拒まれやすいことが予想されました。そこで、依頼者が加入している保険を確かめたところ、無料で付帯している補償は情報漏えいが対象外であることが分かりました。最終的に、有料のプランの業務過誤の補償の1事故あたりの支払限度額と同じ定額を上限とする形にしました。保険で支払える額を上限にすれば、発注者にとっても、上限までは現実に回収できる見通しが立ちます(報告書では、保険商品の選び方の助言ではない旨を注記しています)。
確かめる問い 上限の物差しを選ぶとき
- 業務は単発か、継続か。単発なら契約金額や受領した報酬の総額、継続なら直近の数か月分の受領額がなじみます。
- 取引の始まった直後に事故が起きたら、上限はいくらになるか。「直近◯か月」の基準は、始まったばかりの時期に極端に低くなることがあります。
- 上限の額は、発注者から見て低すぎないか。低すぎると、上限そのものを拒まれる理由になります。保険の支払限度額に合わせる方法もあります。
- 上限の基準となる額が、一義的に決まるか。個別契約1件分か、累計か、年額かが分からない書き方は避けます。
- 上限は相互か、受注者だけか。相互の上限として提案すると、公平な提案として受け止められやすくなります。
故意・重大な過失を上限の外に置く理由
事務所の書類の多くは、故意又は重大な過失による損害を上限の外に置いています。受注者の側から見ると、上限を外す場面を自分から作るのは不利に思えるかもしれません。けれども、これには理由があります。
受注者が自分で用意した構築代行の契約書では、故意・重大な過失の場合まで責任を制限する条項は、効力が否定されたり制限されたりする可能性が高く、上限の条項全体が制限的に解釈されることを避けるため、あらかじめ除外しておく、と説明しました。上限の条項を守るために、守れない部分を最初から外しておくという考え方です。
Webディレクターの方の案件では、発注者に上限を受け入れてもらうための説得の材料として、東京地判平成26年1月23日を示しました。この判決は、受注者の側に重大な過失があるとして、責任を限定する条項の適用を否定したものです。上限を置いても、故意・重大な過失には効かないので、発注者が本当に救済を必要とする場面の救済は失われません。反対に、上限がなければ、個人の受注者から現実に回収できる額には限りがあります。上限は、発注者の救済を奪う条項ではなく、現実に回収できる範囲を明確にする条項だ、と説明できます。
受け取った条文の直し方 上限の例外の書き方
例外の範囲
理由発注者が最も心配する場面を例外として明示すると、上限そのものを受け入れてもらいやすくなります。
立証の責任
理由例外に当たるかどうかで争いになったとき、受注者が「重過失でないこと」を証明させられないようにします。
軽過失
理由「悪質な場合だけ上限を外す」形は、実務上ごく標準的な折り合いだと説明しました。
上限を通すための説明
上限の条項は、受注者にとって最も大切な修正の一つですが、発注者にとっても譲りにくい条項です。事務所の書類では、上限を受け入れてもらうための工夫をいくつか重ねています。
一つ目は、書き方を小さくすることです。副業エンジニアの方の案件では、賠償の範囲を定めた1項はそのまま残し、2項として金額の上限だけを足す形にしました。範囲の条文まで書き換えると、先方はすべてを検討し直すことになりますが、1項を残して上限を足すだけなら、検討の対象が絞られて受け入れやすくなります。
二つ目は、歩み寄りの幅を先に決めておくことです。Webディレクターの方の案件では、落としどころを提案額の6割から2倍の範囲としました。上限そのものを拒まれたときに示す説明(故意・重大な過失には効かない、個人からは現実に回収できない、金額は補償の支払限度額に基づく)も、あらかじめ用意しておきました。
三つ目は、通用する言葉を使うことです。コンサルタントの方が自分で用意した契約書のレビューでは、「予見の有無を問わない拡大損害」という言葉は確立した概念ではないため、「逸失利益、間接損害及び特別の事情によって生じた損害」と通用する用語に直すよう助言しました。損害賠償の範囲は、通常生ずべき損害と、予見すべきであった特別の事情による損害で決まる(民法416条)ので、除外するならこの枠組みに沿った言葉で書くほうが、意味が一義的になります。
四つ目は、上限を相殺に使わせないことです。製造業の新しい拠点の立上げに数年単位で参画する専門家のために作成したと見られる基本合意書では、上限の定めを、受注者の報酬の請求や、終了のときの補償の支払の義務には適用しない、と明記していました。上限の条項が、発注者の支払義務を減らす根拠として使われることを防ぐ定めです。
五つ目は、損害の範囲の拡張を元に戻すことです。仲介会社の基本契約と、それを使う時間単価の個別契約では、逸失利益・機会損失・派生的な損害に加えて、発注者が自分のクライアントに支払った賠償まで受注者の賠償の範囲に含めていました。仲介の構造では、発注者とそのクライアントの間の契約の内容を受注者は知らないことが多く、そこで発注者が約束した賠償の額を受注者が負担するのでは、受注者には損害の見通しが立ちません。受注者の側では、賠償の範囲を通常の損害に限り、逸失利益・間接損害・特別の事情によって生じた損害は、故意・重大な過失がある場合を除いて負わない、と定めるよう提案します。上限の金額を決める前に、範囲を通常の損害に戻しておくと、上限の額の交渉もしやすくなります。
条文例1項を残して上限を足す形(例)
1(現行の第1項はそのまま)
2前項に基づき受託者が負う損害賠償の額は、損害の発生の原因となった事由が生じた日の直近12か月間に委託者が受託者に支払った業務委託料の総額を上限とする。ただし、受託者の故意又は重大な過失による場合は、この限りでない。
3前項の定めは、委託者が受託者に対して負う業務委託料の支払義務には適用しない。
第3項は、上限の条項が報酬の減額や相殺の主張に使われないための一文です。
独立事業者の条項による責任の転嫁
賠償の条項とは別の場所で、受注者の責任を広げる条項もあります。雇用から業務委託に切り替える方が元の勤務先から受け取った基本契約では、受注者は事業主として財政上・法律上の「全ての責任」を負い、技術者の使用者として「全ての義務」を負う、という独立事業者の条項がありました。
独立事業者であることを確認する条項は、業務委託であることを示すうえで意味があります。しかし、「全ての責任」という書き方は、賠償の条項の上限や範囲の限定を飛び越えて、受注者にあらゆる責任を負わせる根拠として使われかねません。事務所は、「乙の責に帰すべき事由に関して」「乙の管理下にある技術者に関して」と限定し、発注者の指示に起因するものの分担を明確にするよう提案しました。独立性の条項の書き方は競業・再委託・独立性のページでも扱っています。
インシデントの後に誓約書を求められたら
多重の業務委託(直接の契約先、中間の会社、業務提供先)の構造で常駐していた個人のIT事業者の方が、業務提供先のサーバから私用の端末にデータを一時保存した件で、直接の契約先から誓約書の提出を求められた案件があります。誓約書の原案には、契約先を全面的に免責する定め(「直接的・間接的に関連して」「現在および将来にわたり」)と、受注者が他の会社からの請求の全額を肩代わりする定めが入っていました。
依頼者からは「賠償になった場合の金額の想定は」と尋ねられました。事務所は、データの量、機密性、個人情報の件数によって大きく変わるため断定は難しく、数百万円から数千万円程度は想定しておく必要があるが、責任の割合によって減る余地もある、と回答し、だからこそ上限が重要だと説明しました。事務所の修正案では、原案をそのまま拒むのではなく、次のように組み替えました。
インシデントの後の誓約書の修正案の組み立て
- 全面免責の条項を置かない「事案の認識および再発防止」の誓約に差し替える。事実は「一時的に保存した」「抵触するおそれのある」と限定的に書く。
- 補償の要件受注者の故意・重大な過失により、契約先が支払を余儀なくされた場合に限り、合理的な損害・費用を補償する。
- 免責の事由契約先・中間の会社の指示・監督・管理体制の不備、軽過失、因果関係や立証のないものは補償の対象外。
- 補償の対象と上限対象は賠償金と、合理的な範囲の弁護士費用・調査費用。上限は直近1年間に受領した報酬の総額。
- 補償の前の協議と、既存の契約との関係補償の前に合理性を協議する。この誓約書は、既存の契約を超える責任の根拠にならない。
誓約書は「反省の気持ちを示す書面」として求められることが多く、受注者は事を荒立てないために、原案のまま署名しがちです。けれども、署名すれば賠償の約束として効力を持ち得ます。事実の認識と再発防止の誓約は受け入れつつ、補償の部分は故意・重大な過失、上限、費用の範囲、相手方の不備の除外で限定する、という組み替えは、謝罪と責任の範囲を分ける方法です(修正の伝え方)。
受注者に起きがちなこと
よくあるご質問
損害賠償の上限は、いくらにするのが普通ですか?
決まった相場はなく、取引の形に合わせて物差しを選びます。事務所の書類では、個別契約の業務委託料、直近3か月・6か月・12か月の受領額、受領した報酬の総額、保険の支払限度額と同じ定額などが使われています。
「直近◯か月」と「契約金額」は、どちらが有利ですか?
単発の業務なら契約金額が分かりやすく、継続の業務なら直近の数か月分が実態に合います。ただし、継続の業務の始まったばかりの時期は「直近」の受領額が少なく、上限が低すぎることがあるため、相手方から下限を求められることもあります。
故意・重大な過失まで上限をかけてもよいですか?
故意・重大な過失まで責任を制限する条項は、効力が否定・制限される可能性が高く、上限の条項全体が制限的に解釈されるおそれがあります。あらかじめ上限の外に置いておくほうが、上限の条項そのものを守れます。
報酬が少額で、上限が低すぎると言われたら?
上限の額を引き上げる(提案額の2倍程度までを幅として決めておく)、固定額にする、加入している保険の支払限度額と同じ定額にする、といった歩み寄りの方法があります。故意・重過失には上限が効かないことも、あわせて説明します。
誓約書でも、賠償の約束になるのですか?
署名すれば、賠償や補償を約束した書面として効力を持ち得ます。事実の認識と再発防止の誓約は受け入れつつ、補償は故意・重大な過失の場合に限る、上限を置く、相手方の管理体制の不備を除く、既存の契約を超えないと確認する、といった形に組み替えます。
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本ページは一般的な情報提供です。個別の取引への法律の適用は、当事者の属性や取引の内容によって異なることがあります。事務所の改訂例・ご相談の事例として紹介している内容は、アトラス行政書士法人が受注者(業務を請ける側)の立場で作成・レビューしてきた業務委託契約書、基本契約・個別契約、秘密保持契約書、誓約書、先方へ送る修正のお願いの文案などを、個別の依頼者・相手方が特定できない形に整理したものです。条文は e-Gov法令検索で確認しています(最終確認日:2026年10月17日)。参考: e-Gov法令検索 / フリーランス法特設サイト(公正取引委員会) / 法人番号公表サイト(国税庁)