このページの要点
- 受注者が先にお金を払う仕組みがないか、報酬と支払期日の定めがあるかを見る。法人番号公表サイトで商号・本店所在地・変更履歴を照合する。
- 個人事業主の当事者は本人。屋号は併記してよいが、氏名は必ず書く。一人法人は法人名義で契約する。
- 電子署名の依頼が届いていても、署名の前なら修正をお願いできる。最終版で署名したいと伝える。
- 完全合意条項があると、メールや口頭の「運用で配慮します」は残らない。修正は本文か覚書に入れ、修正版は照合してから署名する。
最初に押さえること:署名の前に「誰と」「どの版に」「何を」を確かめる
業務委託契約書の中身を読む前に、受注者が確かめておきたいことが3つあります。相手方が実在し、契約書に正しく表示されているか(誰と)。自分が署名しようとしているのが、修正を反映した最終の版か(どの版に)。契約書の外でのやり取りが、契約の内容として残るのか(何を)。
この3つは、条文の良し悪しとは別の問題です。どれほど条文を整えても、相手方の表示が登記と違っていれば請求先の特定で手間取り、修正前の版に電子署名してしまえば修正の合意は残りません。ここでは、受注者の側で扱った案件から、締結の前に確かめた事項と、その伝え方を紹介します。条文の読み方は読む順番のページで扱っています。
締結の前の相談でよくあるのが、「この契約は違法ではないか」という質問です。コーチングを受託する方から「不利な内容ではないか」と尋ねられたとき、事務所は、経費が自己負担であること、著作権が全部移転すること、遠方の裁判所の専属管轄であることの3点で一部不利だが、いずれも違法ではない、と回答しました。違法かどうかと、不利かどうかは別の問題です。違法でなければ、署名すればその内容に拘束されます。だからこそ、署名の前に、不利な点のうちどれを直してもらい、どれを受け入れるかを決めておく必要があります。その判断の前提として、相手方と書類の版と契約の外のやり取りを、まず確かめておきます。
相手方は実在するか:お金の流れと公表情報で確かめる
設立から間もない会社からオンラインのコーチング(1回約30分)を受託する方から、「この会社は詐欺ではないか」という相談を受けたことがあります。事務所はまず、契約書の作りから構造的に判断しました。判断の材料にしたのは次の点です。
「詐欺ではないか」を契約書の作りから確かめた点
- お金の流れが、発注者から受注者への一方向になっている
- 登録料・保証金・教材費などを受注者が先に払う仕組みがない
- 「必ず稼げる」型の勧誘がない
- 発注者の所在地と代表者の記載がある
- 報酬の額と支払期日の定めがある
- フリーランス法の取引条件の明示を織り込んでいる
- 1か月前の通知で解約できる
受注者がお金を払う仕組みがあるかどうかは、最初に見る点です。仕事を受けるはずが、先に支払を求められる契約は、構造そのものを疑います。
そのうえで、追加の報告として、国税庁の法人番号公表サイトで発注者を照合しました。法人番号公表サイトでは、法人番号、商号、本店所在地と、その変更の履歴を確かめられます。照合の結果、商号は一致し法人番号も実在していましたが、本店所在地は契約書の住所と一致せず、変更の履歴は「新規」の1件のみで、契約書の住所に登記された記録はありませんでした。法人番号の指定日からは約2.5か月でした。
なお、法人番号公表サイトには代表者の氏名は載っていません。代表者を確かめるには、商業登記の情報を見ることになります。住所の不一致そのものは、営業所や事務所の住所を書いた、移転の登記が済んでいない、など理由がいくつか考えられ、それだけで問題とは言えません。事務所は、住所が違う理由を確認し、登記どおりに直してもらうか、営業所である旨を契約書に明記してもらうこと、そして初回の入金を確認してから稼働を広げることを助言しました。
法人番号は、設立の登記をした法人に国税庁が指定する番号なので、指定日はおおむね設立の時期の目安になります。指定日から日が浅い会社との取引では、支払の実績がまだ確かめられません。1回約30分のセッションを積み重ねていく業務であれば、最初の締日までの稼働を控えめにし、初回の報酬が約束どおり入金されたことを確かめてから担当の枠を増やす、という進め方が考えられます。契約書に1か月前の通知で解約できる定めがあったことも、この進め方を後押しする材料でした。
確かめる問い 相手方について確かめること
- 商号・法人番号・本店所在地は、公表情報と契約書で一致しているか。請求書の宛先、支払が遅れたときの催告の宛先、裁判所の管轄の判断の基礎になります。
- 設立からどのくらい経っているか。新しい会社であること自体は問題ではありませんが、初回の支払の確認を先にする判断材料になります。
- 受注者が先にお金を払う仕組みはないか。登録料・研修費・教材費などを先に求める契約は、仕事の受託という形をとった別の取引の可能性があります。
- 代表者の氏名は、どこで確かめたか。法人番号公表サイトでは確認できないため、商業登記の情報で確かめます。
「誰と」契約するのかは、多層の構造で特に分かりにくくなります。直接の契約先、中間の会社、実際に業務を提供する先と業務委託が重なった構造で常駐していた個人のIT事業者の案件では、業務提供先のサーバから私用の端末にデータを一時保存した件で、直接の契約先から誓約書の提出を求められました。誓約書の相手方、補償の対象になる会社、既存の契約との関係がそれぞれ違う会社にまたがり、整理に手間がかかります(損害賠償の上限)。多層の下請で機材の設定を受けた案件でも、元請や施設の管理者から直接指示が来る可能性がありました。契約の相手方は直接の契約先だけで、報酬を払うのも、指示を出すのも、原則としてその相手方です。締結の前に、誰から指示を受け、誰に請求し、誰に報告するのかを確かめておきます(競業・再委託・独立性)。
契約書の住所が登記と違うとき:疑っている印象を出さずに尋ねる
住所の食い違いを先方に伝えるとき、「御社は本当に存在するのですか」と聞くわけにはいきません。上の案件では、登記上の表記と一致していることが望ましい、という一般論の形で、正式な表記を尋ねる文面にしました。
文面の例 住所の表記を確かめるとき
契約書のご送付ありがとうございます。内容を拝見し、前向きにお受けしたいと考えております。
一点、甲の所在地につきまして、契約書には登記上の表記と一致した住所を記載しておくことが望ましいと考えております。恐れ入りますが、正式なご表記をお知らせいただけますでしょうか。営業所のご住所を記載されている場合は、その旨を併記いただけますと幸いです。
あわせて、いくつかの条項について確認させていただきたい点がございますので、別紙にまとめてお送りいたします。調整後の最終版にて署名させていただきたく、署名用の文書は改めてお送りいただけますでしょうか。
住所の確認は、他の修正のお願いと同じ書面に入れると、住所だけを問題にしている印象が薄まります。
自分の側の表示:屋号・氏名・一人法人
受注者の表示も、意外に誤りが多いところです。取引先から秘密保持契約書を受け取ったWebディレクターの方からは、「乙の欄は屋号と氏名のどちらを書くべきか」という質問がありました。事務所の回答は、屋号を併記し、氏名は必ず書く、というものです。
個人事業主の契約の当事者は、屋号ではなく本人です。屋号は事業の呼び名であって、それだけでは誰が契約したのかを特定できません。一方で、請求書や振込の名義が屋号になっているなら、契約書にも屋号を併記しておくと、契約書・請求書・振込の記録がつながり、後から「どの契約の支払か」を示しやすくなります。電子署名サービスを使う場合は、署名者の名前の表示も確認します。
反対に、一人で法人を設立して仕事を受けている方の場合は、契約の主体が法人であるべきところ、代表者個人の名前で契約書が作られていることがあります。仲介会社経由で開発支援に入る一人法人の案件では、総合レビューの中で、契約主体を受注者の法人名義に訂正するよう求めました。主体を誤ると、報酬の入金先、税務の処理、賠償の責任を負う者がずれてしまいます。一人法人も、条件を満たせばフリーランス法で保護される側になり得ます(フリーランス法・取適法)。
受注者の表示の書き方
| 受注者の形 | 契約書の表示 | 確かめること |
|---|---|---|
| 屋号を使う個人事業主 | 屋号+氏名(氏名は必ず書く)、住所 | 請求書・振込の名義と合わせる。電子署名の表示名も確認する |
| 屋号を使わない個人 | 氏名、住所 | 本人確認の書類と同じ表記にする |
| 一人法人 | 商号、本店所在地、代表者の役職・氏名 | 代表者個人の名義になっていないか。入金口座も法人名義か |
電子署名の依頼が先に届いたとき
上のコーチングの案件では、レビューの依頼の時点で、全22条の契約書について電子署名の依頼が既に届いていました。電子署名の依頼が来ていても、署名する前であれば修正をお願いすることはできます。事務所が作成した先方宛の文面では、調整後の最終版で署名したいこと、署名用の文書を改めて送ってほしいことを、はっきり依頼しました。
電子署名サービスでは、依頼された文書にそのまま署名する流れになっているため、修正の話し合いの最中に、うっかり古い版に署名してしまうことがあります。修正のお願いを送るときに、届いている署名依頼は修正の反映後に改めて送ってほしい旨を書き添えておくと、行き違いを防げます。
署名の前には、空欄にも目を配ります。コーチングの案件では、個別契約の書式の締結日と受注者の欄が空欄のまま届いていました。空欄そのものは書式なので珍しくありませんが、個別契約(発注書)に、業務内容・成果物・報酬額・支払期日が必ず記載される運用になっているかは確認しておくべきです。基本契約にしか署名しないまま個別の発注が口頭やチャットで来るようになると、報酬や期日が書面に残りません。この案件では、業務の一部で報酬の体系が異なる予定だったため、その内容を事前に共有してもらうよう依頼しました。
支払に関する書面上の記載も、署名の前に見ておきます。適性診断と面談支援のパッケージを受ける方からは、「契約書に振込口座の記載は必要か」「業務完了月の締め・翌月末払いは一般的か」という質問がありました。口座の記載は必須ではありませんが、記載しておくことを強く勧め、変更するときは書面で通知する定めを置くよう回答しました。締めと支払の時期は一般的な形です。口座を契約書に書いておくと、支払の遅れを確かめるときに、どこに振り込まれるはずだったかで争いが生じません。支払条件の読み方は報酬と支払条件のページで扱います。
締結前の情報と、メール・口頭の合意
契約の前に、「先に資料をお送りしますので見ておいてください」と、実際の案件の情報が送られてくることがあります。取引先から秘密保持契約書だけが出される見込みだったWebディレクターの案件では、締結前に実案件の情報を受け取らないよう助言しました。受け取った秘密保持契約書に、締結前に開示された情報を含める定めがなかったためです。締結前に受け取った情報の扱いがあいまいなまま作業を始めると、その情報をどこまで秘密として扱うべきか、後から争いになり得ます。
同じように、締結の前に作業を始めてしまった場合の成果物の扱いにも注意が要ります。受注者が自分で用意した構築代行の契約書について、依頼者から「契約開始前の成果物の条項は必要か」と質問されたとき、事務所は残すよう回答しました。契約の前に作った成果物の著作権は、作った受注者に発生します(著作権法17条)。契約の前の作業の成果を契約の対象に含めるのか、含めるならいつ権利が移り、その成果について責任の上限がかかるのかを、権利の整理と責任の上限をセットで定めておく必要があるからです。締結の前に作業を頼まれたら、契約書の対象に含まれるかを確かめてから始めます。
もう一つ、締結前のやり取りで注意したいのが完全合意条項です。完全合意条項とは、契約書に書かれた内容が当事者の合意のすべてであり、それ以前のメール・口頭・提案書などの合意は効力を失う、と定める条項です。受け取った契約書にこの条項があれば、修正の合意は必ず本文か覚書に入れ、「原案のまま締結し、運用で配慮します」という提案には応じない、というのが事務所の助言の基本です。打合せで「そこは柔軟にやりますから」と言われても、完全合意条項があれば、その言葉は契約の内容として残りません。
反対に、面談の場を上手に使った例もあります。育児中の方が時給制・時間固定の業務委託を3か月受ける案件では、依頼者から、勤務時間が書いてあると子どもの迎えで抜けられないのではないか、試用期間なのか、更新の記載がないがどうなるのか、時給の計算はどうなるのか、フルリモートとPCの貸与が書かれていない、という6つの質問がありました。事務所は、時間は目安であると入れてもらうこと、試用期間の記載はないこと、満了の30日前までに更新を協議する一文を入れること、時給と実働時間の計算と端数の処理を確かめること、フルリモートとPCの貸与を特約に明記することを助言し、面談の場で確認して合意できたことを、契約書・特約・覚書に落とすよう勧めました。面談は、確認の場であると同時に、書面に落とす内容を決める場でもあります。
受け取った条文の直し方 締結前のやり取りの残し方
運用で配慮するという提案
理由完全合意条項があると、契約書の外の約束は効力を主張しにくくなります。担当者が替わっても残るのは書面だけです。
締結前の資料
理由秘密保持の対象と期間を明確にしてから情報を受け取るほうが、受注者の側の負担もはっきりします。
修正版を受け取ったら:署名の前の照合
修正をお願いし、先方から修正版が届いたら、それで終わりではありません。条文を挿入したり削除したりすると、他の条文が引用している条番号がずれることがあります。削除したはずの条文が残っていたり、修正の途中の文言が混ざっていたりすることもあります。事務所は、修正版を受け取ったら、条番号の引用がずれていないか、削除した条が残っていないかを確認してから署名するよう案内しています。
修正版に署名する前の照合
- お願いした修正が、すべて反映されているか(反映されていない修正があれば、意図的か見落としかを確認する)
- お願いしていない箇所が変わっていないか(先方の対案が混ざっていないか)
- 条文の挿入・削除で、他の条文が引用する条番号・項番号がずれていないか
- 削除をお願いした条文や文言が、別の条文に残っていないか
- 定義した言葉が、修正後の条文でも同じ意味で使われているか
- 当事者の表示(商号・住所・屋号・氏名)が正しいか
- 電子署名の依頼の文書が、照合した版と同じものか
先方から「故意又は過失」と「故意又は重大な過失」のように、似ているが意味の違う文言で対案が来ることもあります。対案の文言は、締結前に必ず確認します(修正の伝え方)。
たとえば賠償の範囲を「故意又は過失による場合に限る」とお願いしたのに、対案が「故意又は重大な過失がある場合を除き」となっていたら、意味は大きく変わります。前者は過失がなければ責任を負わないという限定で、後者は故意・重過失のときは上限を外すという例外の書き方です。どちらも受注者の側で使う書き方ですが、置く場所を取り違えると、限定のつもりが例外になってしまいます。また、ある条に項を1つ挿入すると、他の条で「第◯条第◯項に定める手続」と引用していた箇所が、別の項を指すことになります。修正版の照合では、引用している側の条文を一つずつ開いて、指している中身が合っているかを確かめます。
受注者に起きがちなこと
よくあるご質問
相手の会社が本当にあるかどうか、自分で確かめる方法はありますか?
国税庁の法人番号公表サイトで、商号・法人番号・本店所在地とその変更の履歴を確かめられます。代表者の氏名はこのサイトには載っていないため、商業登記の情報で確認します。あわせて、受注者が先にお金を払う仕組みがないか、報酬と支払期日の定めがあるかを契約書で確かめます。
契約書の住所が登記と違うのは、問題ですか?
営業所の住所を書いている、移転の登記が済んでいないなど理由はいくつか考えられ、それだけで問題とは言えません。ただし請求や催告の宛先に関わるので、理由を確認し、登記どおりに直すか、営業所である旨を明記してもらいます。
屋号だけで署名してもよいですか?
個人事業主の場合、契約の当事者は屋号ではなく本人です。屋号を併記するのはかまいませんが、氏名は必ず書きます。請求書や振込の名義が屋号なら、併記しておくと書類どうしがつながります。
電子署名の依頼が来てから、修正をお願いしてもよいですか?
署名する前であれば、修正をお願いできます。修正のお願いと同時に、調整後の最終版で署名したいので署名用の文書を改めて送ってほしい、と伝えておくと行き違いを防げます。
「契約前ですが資料を送ります」と言われたら、どうすればよいですか?
秘密保持契約が締結前に開示された情報を対象に含めていない場合は、締結後に受け取るのが安全です。受け取る場合は、締結前に開示された情報も対象に含める定めを入れてもらいます。
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本ページは一般的な情報提供です。個別の取引への法律の適用は、当事者の属性や取引の内容によって異なることがあります。事務所の改訂例・ご相談の事例として紹介している内容は、アトラス行政書士法人が受注者(業務を請ける側)の立場で作成・レビューしてきた業務委託契約書、基本契約・個別契約、秘密保持契約書、誓約書、先方へ送る修正のお願いの文案などを、個別の依頼者・相手方が特定できない形に整理したものです。条文は e-Gov法令検索で確認しています(最終確認日:2026年10月17日)。参考: e-Gov法令検索 / フリーランス法特設サイト(公正取引委員会) / 法人番号公表サイト(国税庁)