このページの要点
- 既存の素材・コード・テンプレート・汎用的なノウハウは受注者に留保し、成果物に使った分は必要な範囲で利用を許諾する。
- 全部移転の条に、留保したものは移転の対象に含まれない旨の但書を足して、条文どうしを合わせる。
- 権利が移る時期を報酬の支払の完了と結び付けるか、作業の停止や引渡しの留保で未払いに備える。
- 実績公開は、用途で分ける・期間で開く・識別しない範囲で紹介する、などの書き方を使い分ける。
最初に押さえること:渡すものと残すものを分け、移る時期を支払に結び付ける
受け取った業務委託契約書の中で、受注者が最も慎重に読むべき条項の一つが知的財産の条項です。成果物の著作権を発注者に移すこと自体は、多くの業務で当然の前提になっています。問題は、移す対象が成果物にとどまらず、受注者が契約の前から持っていたものや、どの案件でも使う汎用的なものにまで及ぶ書き方になっていることです。
受注者の側で知的財産の条項を直すときは、次の3点を軸にしています。
- 発注者に渡すもの(この業務のために作った成果物)と、受注者に残すもの(既存の素材・コード・テンプレート・ノウハウ・汎用的な部品)を分ける。
- 渡すものの権利が移る時期を、報酬の支払と結び付ける。
- 残すものを成果物に使った場合は、発注者が成果物を使うのに必要な範囲で利用を許諾し、両方の条文を矛盾なくつなぐ。
このページでは、受け取った知的財産の条項を5つの型に分け、それぞれの直し方を紹介します。第三者の権利を侵害しないことの保証は権利侵害の保証、秘密保持契約の中に入り込んだ知的財産の定めは秘密保持・NDAのページで扱います。
受け取った知的財産の条項の5つの型
受注者の側でレビューした契約書の知的財産の条項は、受け取った側から見ると、おおむね次の型に分かれます。
受け取った知的財産の条項の型
| 型 | 受け取った書き方 | 受注者に起きること |
|---|---|---|
| 使用禁止型 | 契約の前から持っていた知的財産を成果物に「用いないものとする」 | 過去のコードや汎用的な処理を再利用できず、違反すれば解除と賠償に直結する |
| 一切帰属型 | 業務の過程で生じた発明・著作物・ノウハウを含む一切の成果は、発生と同時に甲に帰属する | 業務の流れ、テンプレート、教育資料、AIのプロンプトや運用のノウハウまで甲のものと読まれる |
| 原始帰属型 | 成果物の知的財産権は原始的に甲に帰属する | 著作権は創作した者に発生するため、文言どおりには成立しない場面が多い |
| 一文型 | 成果物は甲に帰属する(それ以外の定めなし) | 翻案権などの扱い、既存の素材、オープンソースの切り分けがない |
| 実質無制限許諾型 | 権利は乙に帰属するが、甲は地域・期間・媒体を問わず無期限に使用できる | 権利を残したつもりでも、実質的に自由に使われる |
このうち、受注者にとって最も危ないのは使用禁止型と一切帰属型です。どちらも、受注者が業務の外で積み上げてきた資産に手を伸ばす書き方だからです。原始帰属型と一文型は、条文の作りが粗いために、権利の範囲があいまいになる型です。実質無制限許諾型は、受注者に権利を残す形をとりながら、許諾の範囲が広すぎて、残した意味がなくなる型です。
実質無制限許諾型の直し方も見ておきます。広報物のデザインのマスター契約の原案は、権利は受注者に帰属するとしつつ、発注者に地域・期間・媒体を問わない無期限の非独占的な使用権を与えていました。修正版では、使用権を「契約に定められた目的の範囲内に限り」非独占的で再許諾できないものとし、二次的な利用には事前の書面の承諾と別途の対価を要する形にしました。適性診断と面談支援のパッケージを受ける方の契約のように、受注者に帰属させたうえで「本契約の目的の範囲内」で使えるとだけ書かれている場合も、範囲があいまいです。複製・改変・社外への提供・翻訳・派生物の作成のそれぞれについて可否を定め、発注者の関連会社で追加して使う場合の使用料を決めておくよう提案しました。許諾型を選ぶなら、許諾の範囲を、利用の行為ごとに書き分けることが大切です。
使用禁止型と一切帰属型の直し方
個人で受け取った契約書を読み直すときは、まず「契約の前から持っていたもの」に触れる条文を探します。時給制で開発を受ける方の契約には、契約の前から持っていた知的財産を成果物に「用いないものとする」という定めがありました。過去に書いたコードや汎用的な処理を使わずに仕事をすることは現実的ではなく、守れない約束になります。事務所は、使用を禁じるのではなく、受注者に留保したうえで成果物に必要な範囲で利用を許諾する形を提案しました(経済産業省のモデル契約も、既存の知的財産を受注者に残して許諾する形を標準としています)。
受け取った条文の直し方 使用禁止型・一切帰属型
既存の知的財産の使用禁止
理由使用を禁じるのではなく、使ったうえで発注者が困らないように許諾する形に変えます。
全部移転の条項との整合
理由留保の条だけを足しても、全部移転の条と矛盾すると、どちらが優先するか争いになります。条文どうしを合わせます。
一切の成果の帰属
理由業務の流れや申請支援のテンプレート、教育資料、AIのプロンプトや運用のノウハウまで甲のものと読まれる書き方でした。
申請支援の事業の案件では、依頼者は在職中に立ち上げたサービスを退職後に業務委託で続ける立場で、実態は、発注者と受注者が共同で事業を進めるモデルに近いものでした。それにもかかわらず、一切の成果が発注者に帰属する条項は、受注者が独立して事業を続ける基盤を奪いかねません。事務所のレビューは、この事業の実態と条項の書き方のずれを指摘したうえで、帰属の範囲を個別の成果物に絞る修正を提案しました。
権利を受注者に残す形の契約でも、残した権利をどう使えるかまで書いておくと安心です。注文書・注文請書の方式でWebシステムを開発する方から「ソースコードの権利を渡したくない」と相談された案件では、著作権を受注者に留保する定めで意図は尊重されていると確認したうえで、他の案件での改変・再利用・販売の自由を明文化する条項の追加を提案しました。発注者には、自ら使うために必要な範囲で無償の利用を許諾する形です。権利を「持っている」ことと、別の仕事で「使える」ことは、条文の上では別の問題です(交渉での譲り方は修正の伝え方)。
原始帰属・一文だけの条項
事業会社から商品企画とサンプル制作の進行を受けた方の契約では、成果物の知的財産権が「原始的に甲に帰属する」と書かれていました。著作権は、著作物を創作した著作者が、何の手続もなく享有する権利です(著作権法17条1項・2項)。法人の業務に従事する者が職務上作成し法人の名義で公表するものなどは法人が著作者になりますが(同法15条)、業務委託で仕事を受ける個人事業主は法人の業務に従事する者には当たらないのが通常です。そのため、受注者が作った成果物の著作権が最初から発注者に帰属するという文言は、成立しない場面が多くなります。その後の版では、譲渡の対価は委託料に含むとしつつ、「知的財産権の価値に照らして別途の定めをすることを妨げない」という一文が加えられました。
技術製品の設計支援を月額で受ける方の契約では、成果物は「甲に帰属する」という一文しかありませんでした。著作権法61条2項により、著作権を譲渡する契約の中で、27条の権利(翻訳・翻案など)や28条の権利(二次的著作物の利用)を譲渡の対象として明記していなければ、その二つは譲渡した側に残ったものと推定されます。一文だけの条項では、この処理がされていないうえ、既存のノウハウ、汎用的なライブラリ、オープンソースのソフトウェアの切り分けもありません。修正版の第6条では、本業務に固有の成果物は業務委託料の支払が完了した時に発注者に移り、既存のノウハウ・テンプレート・設計の手法・汎用的な技術は受注者に留保して非独占的に利用を許諾する形にしました。
仲介会社の基本契約や、それを全面的に改訂した基本契約でも、成果物から派生する一切の知的財産を引渡しの完了時に譲渡する定めに対し、既存の技術、再利用できるライブラリ、汎用的なモジュールを除く条項を入れています。受注者が自分で用意した構築代行の契約書では、27条・28条の権利を特に掲げないと譲渡した者に留保されたものと推定されることを踏まえて、譲渡する場合の書き方を整理しました。あわせて、設定の手順やアイデアは著作権による保護が限られるため、秘密保持の定めと組み合わせて守る、と説明しています。
条文例渡すものと残すものを分ける定め(例)
1本件業務のために乙が新たに作成した成果物の著作権(著作権法第27条及び第28条に規定する権利を含む。)は、甲から乙への本件業務の業務委託料の支払が完了した時に、乙から甲に移転する。
2前項の規定にかかわらず、乙が本契約の締結前から保有し、又は本件業務の履行の過程によらずに取得した著作物、プログラム、テンプレート、設計の手法、汎用的な知識、技術及びノウハウ(以下「乙留保物」という。)に関する権利は、乙に留保される。
3乙は、乙留保物を成果物に用いた場合、甲が成果物を本契約の目的の範囲で利用するために必要な範囲で、甲に対し、乙留保物を無償で非独占的に利用することを許諾する。
第1項の「新たに作成した」と第2項の留保の対象がつながっているので、全部移転と留保が矛盾しません。
権利が移る時期と、著作者人格権
権利が移る時期は、受注者にとって未払いへの備えになります。在宅で成果物を納める方の約款のレビューでは、未払いの報酬がある間は譲渡の効力を生じさせない形を提案しました。技術製品の設計支援の修正版は支払の完了時、受注者のために作成したと見られる動画制作の基本契約は報酬の全額の支払の完了を停止条件(その事実が起きるまで効力が生じない条件)としています。SEO記事の制作を受ける方の契約書(受注者の側で用意したと見られるもの)のレビューでは、完済の時に移転する定めを合理的と評価しました。
一方、受注者が自分で用意した構築代行の契約書では、移転の時期を納品時としています。Webの設定のように、納品と同時に発注者が使い始める成果物では、支払まで権利を留保しても実際には止めにくいからです。その代わりに、未払いへの備えは、作業の停止、設定の一覧の引渡しの留保、受注者の権限を削除させないことで担保しました(報酬と支払条件)。どちらの方法をとるにしても、未払いのときに受注者の手元に何が残るかを考えて、移転の時期を決めます。
著作者人格権(公表権・氏名表示権・同一性保持権)は、著作者の一身に専属し、譲渡することができません。そのため、発注者の側の契約書では、著作者人格権を「行使しない」と定めるのが一般的です。受注者の側では、行使しないことを全面的に受け入れるのではなく、限定を加える修正をお願いすることがあります。動画制作の基本契約と、ロゴを納めたデザイナーの方の案件では、不行使に「名誉・声望を著しく害する利用は除く」という但書を付けました。情報セキュリティ業務の契約では、不行使としつつ、氏名表示の希望には合理的に応じる形、広報物デザインの修正版では、発注者が合理的な範囲で氏名表示等に配慮する形をとっています。
なお、時給制の受託開発の契約で、全部移転・対価込み・人格権の不行使が標準的な書き方になっていた場合、事務所はそれ自体は問題ないと評価しました。受注者は雇用されているわけではないので、職務発明の「相当の利益」(特許法35条)の規定は適用されません。権利を渡すこと自体ではなく、渡す範囲と時期と残すものが適切かどうかが、見るべき点です。
納品と支払の後に「確認書」を求められたら
個人のデザイナーの方が、ロゴを納品して支払を受けた後に、発注者から著作権の譲渡についての「確認書」を求められた案件があります。確認書の内容は、全面的な譲渡、著作者人格権の全面的な不行使、対価の支払が済んでいることの確認、第三者の権利を侵害していないことの保証でした。
納品と支払の後に権利の確認を求められること自体は、発注者が商標の出願や社内の手続のために権利関係を整理したいと考える場面で起こり得ます。ただ、確認書に署名すると、将来ロゴを使った事業が大きくなっても追加の報酬を求めることは難しくなります。事務所は、金銭ではない利益を確保することを勧め、修正の優先順位を次のように示しました。
- ポートフォリオへの掲載:メールで許可をもらっているだけでなく、確認書に明記してもらう。メールでも一定の効力はありますが、書面に残すほうが安全です。
- 責任の制限:保証の責任の上限を、対価の額とする。保証の文言は「受託者が知り得る限りにおいて」第三者の著作権・商標権その他の知的財産権を侵害しないことを保証する、と知的財産に限定する。
- 人格権の不行使の留保:名誉・声望を著しく害する利用を除く。
確認書は、契約の後に交わす書面ですが、署名すれば新たな合意として効力を持ちます。「形式的な確認です」と言われても、中身が元の契約より重い場合は、元の契約と同じように読み、修正をお願いしてかまいません。
実績として公開する書き方:用途で分け、期間で開き、識別しない
受注者にとって、仕事の実績を紹介できるかどうかは、次の仕事に直結します。受け取った契約書では、実績の公開について何も書かれていないか、秘密保持の条項で事実上禁止されていることが多くあります。受注者の側で修正をお願いするときは、次のような書き方を使い分けています。
実績の公開の書き方
| 書き方 | 中身 | 見られた契約 |
|---|---|---|
| 通知制・みなし承諾 | 承諾制を通知制に変え、通知から◯営業日以内に異議がなければ承諾したものとみなす。用途ごとに区分する | クリエイティブ支援の月額契約 |
| 用途を列挙して許容 | ポートフォリオ・SNS・展示会・営業資料で紹介できる。甲が正当な理由で機密の保持を求めたら従う | 広報物デザインのマスター契約 |
| 公開の状況と期間で開く | 公開済みのものは無償で掲載できる。未公開は承諾制。納品から6か月を経ても未公開なら、事前に通知のうえ限定的に公開できる | 動画制作の基本契約 |
| 識別しない範囲で紹介 | 特定のクライアントを識別し得る情報を含まない限度で、従事した事実と一般的な業務内容を実績として紹介できる | オンラインコーチングの契約 |
| 開示できる項目を列挙 | 甲の事前承諾がある場合に限り、プロダクトの概要、開発した機能の概要、言語・フレームワーク・アーキテクチャ、チーム体制、技術的に工夫した点を開示できる | プロダクト開発の月額契約 |
ロゴのデザイナーの方の案件で、確認書の修正の優先順位の1番目にポートフォリオへの掲載を置いたように、実績の公開は、金銭ではない利益として交渉の材料になります。一方で、秘密保持との関係で発注者が慎重になるのも自然です。識別しない範囲での紹介や、開示できる項目の列挙のように、発注者の懸念に先回りした書き方をすると、受け入れてもらいやすくなります。
受注者が自分で契約書を用意する場合は、権利を受注者に残して利用を許諾する形もあります。ロゴ・名刺の顧客と結ぶデザイナーの方の契約書では、発注者の事業の範囲で非独占的で譲渡できない利用権を許諾し(翻案・改変は含まないが、軽微な色調やサイズの調整は可)、報酬の支払の完了で許諾の効力が生じるとし、著作権の譲渡は別料金の「著作権譲渡オプション」としました。商標の出願は、譲渡を受けた場合に限り、発注者の責任と費用で行います。依頼者からは、通常の契約と譲渡の契約を条文の差し替えで使い分けたいという希望がありましたが、帰属を変えたのに他の条項が許諾型のまま残ると内部で矛盾が生じるため、別々の契約書にするよう回答しました。
受注者に起きがちなこと
よくあるご質問
著作権を全部渡す契約は、受けるべきではありませんか?
成果物の著作権を渡すこと自体は多くの業務で一般的です。見るべきなのは、渡す範囲が成果物に限られているか、既存の素材やノウハウが残るか、移る時期が支払と結び付いているかです。これらが整っていれば、全部移転の条項でも受けられる場合が多くあります。
自分のテンプレートやコードまで取られないか心配です。
契約の前から持っていたものや、業務の過程によらずに取得した汎用的な知識・技術を受注者に留保し、成果物に使った場合は発注者が使うのに必要な範囲で利用を許諾する、と定めます。全部移転の条項に、留保したものは移転の対象に含まれない旨の但書を加えて、条文どうしを合わせます。
支払の前に著作権が移ってしまうのは、問題ですか?
支払が止まったときに受注者の手元に何も残らないという点で、受注者に不利です。移転の時期を報酬の支払の完了とするか、それが難しい成果物なら、未払いのときに作業を止める・引渡しを留保するなど、別の手段を契約に入れておきます。
「著作者人格権を行使しない」と書かれたら、どうすればよいですか?
著作者人格権は譲渡できないため、行使しないと定めるのが一般的です。受注者の側では、名誉・声望を著しく害する利用を除く、氏名表示の希望には合理的に応じる、といった限定を加える修正をお願いできます。
納品後に著作権の確認書を求められたら、どうすればよいですか?
確認書も署名すれば新たな合意になります。中身を元の契約と同じように読み、ポートフォリオへの掲載の明記、保証の責任の上限、人格権の不行使の留保など、金銭ではない利益を修正としてお願いすることを検討します。
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本ページは一般的な情報提供です。個別の取引への法律の適用は、当事者の属性や取引の内容によって異なることがあります。事務所の改訂例・ご相談の事例として紹介している内容は、アトラス行政書士法人が受注者(業務を請ける側)の立場で作成・レビューしてきた業務委託契約書、基本契約・個別契約、秘密保持契約書、誓約書、先方へ送る修正のお願いの文案などを、個別の依頼者・相手方が特定できない形に整理したものです。条文は e-Gov法令検索で確認しています(最終確認日:2026年10月17日)。参考: e-Gov法令検索 / フリーランス法特設サイト(公正取引委員会) / 法人番号公表サイト(国税庁)