このページの要点
- 先方に送るのは返信の文案と提出用の資料だけ。譲歩の線を書いた手元用の資料は送らない。
- 各修正は、現行の条文・修正後の条文・そのまま使える説明・根拠の4段で示し、直さない条項も明示する。
- 「確認させてください」から入り、どちらか一方に有利にするためではないと伝える。優先順位と撤退の線は先に決める。
- 自分の契約書を短くすると任意規定に戻る。変えるのは数字と条件にとどめ、上限・解約・権利・責任の線引きは残す。
最初に押さえること:修正のお願いは「相手の担当者がそのまま社内に回せる形」で出す
受け取った契約書の問題点が分かっても、それを先方にどう伝えるかで結果は大きく変わります。受注者の多くは、「修正をお願いしたら関係が悪くなるのではないか」「仕事をもらえなくなるのではないか」と心配します。けれども、事務所が受注者の側で修正のお願いを作成してきた案件では、伝え方を整えれば、多くの修正は受け入れられてきました。
修正のお願いを作るときに事務所が意識しているのは、次の4点です。
- 先方の担当者が、そのまま社内の検討に回せる形にする(現行の条文、修正後の条文、理由がそろっている)。
- 修正の件数を絞る。直さない条項も明示する。
- 「修正してください」ではなく、「確認させてください」から入る。
- 譲れない修正と、譲ってもよい修正を、手元で先に決めておく。
このページでは、先方に送る書面の構成、書き出しの言葉、優先順位と撤退の線、回答ごとの次善策、契約を直せないときの備え、そして受注者が自分で契約書を用意するときの考え方を紹介します。個々の条項の直し方は、損害賠償の上限や知的財産などの各ページで扱っています。
先方に送る書面の構成
個人で受けた時給制の開発の案件では、事務所は、手元用の資料と先方に送る資料を分けて作成しました。先方に送るのは返信メールの文案と提出用のご説明資料の2点だけで、譲歩の線を書いた手元用の資料(交渉のガイド付きの新旧対照)は送りません。
先方提出用の資料では、各修正を次の4つの段で示しました。
修正のお願いの各項目の組み立て
- 現行の条文(全文)どの条文の話かを、条番号だけでなく全文で示す。
- 修正後の条文(全文)変更箇所を赤字・下線で示し、担当者がそのまま差し替えられる完成した文言にする。
- そのまま使える説明文担当者が上司や法務部門に説明するときに、そのまま使える言葉で理由を書く。
- 法的な根拠条文や考え方の根拠を添える。
一覧表には「貴社への影響」の欄を設け、どの修正も発注者の利益を損なわないことを示しました。修正は4件に絞っています。
修正のお願いを送る前の点検
- 先方に送る資料と、譲歩の線を書いた手元用の資料を分けたか
- 各修正に、現行の条文と修正後の条文を全文で示したか(そのまま差し替えられる文言か)
- 理由は、先方の担当者が社内でそのまま使える言葉で書いたか
- 修正の件数を絞り、変更をお願いしない条項も明示したか
- 発注者の利益を損なわないことを示す説明(貴社への影響)を添えたか
- 電子署名は修正の反映後に行いたいことを伝えたか
取引先から秘密保持契約書を受け取ったWebディレクターの方の案件では、受注者の名義の書簡の形式で、各提案を(1)現在の条文、(2)ご確認いただきたい点、(3)変更をお願いする理由、(4)変更後の条文案、の順で示し、末尾に新旧対照表を付けました。新旧対照表は、先方の社内の検討資料としてそのまま使えます。提案の数は、検討を重ねるごとに絞り込み、最終的に7件にしました。提案は少ないほど、先方の検討が早く進みます。変更をお願いしない条項も明示しておくと、先方は「それ以外は受け入れてもらえる」と分かり、安心して検討できます。
スタートアップのプロダクト開発を月額で受ける方の案件では、発注者の案へのコメントを、条ごとに「問題点1〜4」と具体例を添える形で書きました。たとえば、軽微な不具合で売上が減った場合の責任、代わりのエンジニアを探すコストなど、発注者の側に見せても通じる具体例です。抽象的に「受注者に不利です」と書くより、どんな場面で何が起きるかを示したほうが、発注者の担当者も問題を共有できます。
書き出しと説明の言葉
修正のお願いの書き出しは、取引そのものへの前向きな姿勢を示すところから始めます。副業エンジニアの方の返信メールの文案では、「お取引について異存はございません」「個人として業務をお受けする立場から」「長く安心してお仕事をするため」という言葉を使いました。Webディレクターの方の書簡では、「全体としては、締結にあたり支障となる点はございません」で始めています。
Webディレクターの方の書簡では、発注者に有利な指摘も混ぜました。たとえば、存続条項に入れるべき条項が抜けている点は、発注者の利益を守るための指摘です。受注者に有利な修正だけを並べるより、全体を精査したうえでの申し入れだと受け止めてもらえます。
設立から間もない会社からコーチングを受託する方の「ご確認のお願い」では、依頼者の名義で、契約自体は前向きに検討していること、長期的に良い取引を続けたいことを前置きし、契約書は有事の際に効力を持つ書類であること、どちらか一方に有利にするための修正ではないことを説明しました。修正は、①受注者の保護(最優先)、②先方の明白な欠落の補正(必須・中立)、③取りこぼしの防止(推奨)の3つに分けています。②は、解除の条項の柱書きが丸ごと抜けていたもので、先方の書類の欠落なのでほぼ確実に応じてもらえます。①③に難色を示されたら、その反応自体が、相手方の姿勢を測る材料になります。
文面の例 修正のお願いを送るときの書き出し(例)
このたびは契約書をお送りいただき、ありがとうございます。内容を拝見し、お取引について異存はございません。
個人として業務をお受けする立場から、長く安心してお仕事をさせていただくために、いくつかの条項について確認させていただきたい点を、別紙にまとめました。いずれも、どちらか一方に有利にするためのものではなく、万一の場合の取扱いを明確にしておきたいという趣旨でございます。
別紙では、現在の条文、変更をお願いしたい条文、その理由を並べております。そのまま差し替えていただける形にしておりますので、ご検討いただけますと幸いです。なお、署名は調整後の最終版にて行わせていただきたく存じます。
電子署名の依頼が届いている場合は、最後の一文で、修正の反映後に署名したいことを伝えます。
優先順位と撤退の線
修正のお願いを出す前に、手元で優先順位を決めておきます。副業エンジニアの方の手元用の資料では、修正の項目に次の印を付けました。
副業エンジニアの案件での優先順位の付け方
| 印 | 意味 | 該当した修正 |
|---|---|---|
| ◎ | 直らなければ受注の見送りも検討する | 既存の知的財産の使用禁止、第三者の権利の保証 |
| ○ | できるだけ直してもらう | 賠償の上限、秘密保持 |
| △ | 直らなくても受け入れられる | 無催告解除の期間、全部移転の範囲の限定 |
ほかの案件でも、何を最優先にするかを先に決めています。仲介会社の雛形を使う一人法人の案件では、賠償の条項を最優先とし、受け入れられない場合は契約の締結を見送る判断も必要だとしました。クラウドソーシングのように個別の交渉が難しい場では、単価・期間・業務内容とのバランスで受注するかどうかを判断します。在宅で成果物を納める方の約款では、「解除の条項×包括的な禁止の条項×無制限の賠償×相殺の条項」の4点を最大の警戒点としました。多層の下請の機材設定の案件では、少なくとも支払の条項・損害賠償の条項・業務範囲の限定は必ず修正の交渉をする、としています。
ロゴを納めたデザイナーの方の確認書では、①ポートフォリオ、②責任の制限、③人格権の留保の順にしました。講師の業務の秘密保持契約書では、締結自体は可能、必ず修正すべき事項、推奨する対応、の3段で示しています。キャリア面談の契約では、契約書を「高品質」と肯定したうえで、3点に絞りました。雇用からの切替えの基本契約では、協議の条項は通常はそのままでも問題は大きくなく、管轄は知的財産や契約不適合より下位、と優先順位の低い論点も明示しています。優先順位の低い論点を「直さない」と決めておくことも、交渉を短くする工夫です。
回答ごとの次善策
修正のお願いに対する先方の回答は、全部受け入れ、一部受け入れ、全部拒否のいずれかです。事務所は、主な回答のパターンごとに、次の手を手元の資料に用意しています。
回答のパターンと次の手(副業エンジニア・Webディレクターの案件から)
| 先方の回答 | 次の手 |
|---|---|
| 既存の知的財産の条項に難色 | まず「承諾は電子メールで足りる」に緩める。それも難しければ、全部移転の条項に既存の知的財産を除く但書だけを足してもらう |
| 賠償の上限に難色 | 上限の額を引き上げるか、固定額にして歩み寄る |
| 「社内の雛形なので変えられない」 | ◎の修正に絞って改めてお願いする |
| 「上限は認められない」 | 故意・重過失には効かないこと、個人からは現実に回収できないこと、金額は補償の支払限度額に基づくことを説明する |
| 「永久でないと困る」 | 営業秘密は無期限、それ以外は年数で区切る二段構えを示す |
| 「再委託は認めない」 | 「協力者の氏名と役割を事前に通知する」形を提案し、それも通らなければ、外注を前提とした受注ができないことを先に伝える |
| 回答が遅い | 期限は切らず、着手してよいかどうかだけを確認する |
Webディレクターの方の案件では、落としどころもあらかじめ決めておきました。上限の額は提案額の6割から2倍、存続期間は3年から10年、そして、賠償の帰責事由と「合理的に必要な措置」の2点は譲らない、というものです。副業エンジニアの方の案件では、先方から対案の文言が来たら、締結の前に必ず確認するよう助言しました。「故意又は重大な過失」と「故意又は過失」の違いのように、似た言葉で意味が大きく変わることがあるからです(締結前の確認)。
副業のクリエイターの方の競業避止の案件のように、削除が理想だが難しければ、と段階的な次善策を示すやり方は、どの条項でも使えます(競業・再委託・独立性)。最初から次善策を出すのではなく、理想の修正を示したうえで、拒まれたときに一段ずつ下げていくことで、受注者の側が譲歩していることも相手に伝わります。
修正に応じてもらえたら、それで交渉が終わるわけではありません。先方から届いた修正版に、お願いした修正がすべて反映されているか、お願いしていない箇所が変わっていないか、条文の挿入や削除で他の条が引用する番号がずれていないかを照合してから署名します。Webディレクターの方の案件でも、修正版を受け取ったら、条番号の引用のずれと、削除した条が残っていないかを確かめてから署名するよう案内しました。交渉の成果を確実に契約書に残すための、最後の手順です。
契約を直せないとき
発注者の約款や雛形が変えられない、修正をお願いできる関係ではない、という場面もあります。在宅で成果物を納める方の約款の案件では、約款そのものを直せなくても、個別の発注の側で、対価・修正の回数・解除のときの精算・賠償の上限・包括的な禁止の条項の限定を確定させるよう助言しました。メールでもかまいませんが、後から証拠として示せる形で残しておきます(報酬と支払条件)。
EC運営会社から受託する方の案件では、保証の条項のない契約なので、発注者から提供された素材だけを使う運用と、提供素材の権利を発注者が保証する旨のメールでの確認で守るよう助言しました(権利侵害の保証)。育児中の方の時給制の案件では、面談の場で「この時間は目安か」「試用期間の意味合いか」「端数の処理はどうなるか」を確かめ、合意できたことを契約書・特約・覚書に落とすよう勧めました。
インシデントの後に誓約書を求められた個人のIT事業者の方の案件は、直せないと思い込みやすい場面の典型です。事務所は、原案をそのまま拒否せず、①事実の認識と再発防止の誓約は受け入れる、②補償は故意・重大な過失、上限、費用の範囲、相手方の不備の除外で限定する、③既存の契約を超えないことを確認する、という3つに組み替えました。事実は「一時的に保存した」「抵触するおそれのある」と限定的に書きます。署名の前には、何らかの責任の追及がなかった時点で、この誓約書に基づく請求を行わない旨の確認を文面で得ること、再発防止策を文書にして関係する各社に共有することも勧めています。
自分で契約書を用意するとき:「短くしたい」への答え
受注者が自分で契約書を用意する場合、多くの方が「シンプルにしたい」「長すぎると相手が引いてしまう」と考えます。オンライン講座の事業者の販売導線の構築を受ける方からも、事務所が作成した契約書について、削除と簡素化の希望が寄せられました。事務所の回答の要点は次のとおりです。
- 契約書は、契約を成立させるための書類ではありません。契約は書面がなくても成立します(民法522条2項)。契約書は、有事に相手方の専門家が一字一句読む書類です。
- 削った部分は、民法などの任意規定(当事者が特に定めなかったときに適用される規定)に戻ります。賠償の上限がない、遅延損害金は法定利率(民法404条)、準委任では不利な時期の解除の賠償(民法651条2項)、請負の契約不適合の通知は知った時から1年(民法637条1項)など、受注者に不利な点が多くなります。
- 変えてよいのは、事実の相違と取引の条件(金額・期間・対応時間・上限額)です。そのうえで、削れるものは削り、まとめられるものはまとめます。
この案件では、契約書は全44条から全20条に整理しました。交通費の条項は不要という希望には、準委任の必要費の償還(民法650条1項)との行き違いを避けるため「乙の負担」と1文で置き換え、秘密保持は10項から7項、個人情報は10項から8項、就業環境は2項から1項、解除事由は7号から5号にまとめています。勧誘の条項は不要という希望には、個別の相談で購入を勧める役割を担うと、発注者の電話勧誘販売の規律を受け、関与した者も責任を問われ得るので、「購入の勧誘を行う義務を負わず」と残すよう回答しました。
発注者から変更の希望が出たときの対応も整理しました。数字や条件は調整してよい、言葉の分かりにくさは整理してよい、ただし賠償の上限・解約の手続・権利の帰属・責任の線引きを削る要望には、影響を事前に説明したうえで慎重に、というものです。契約書が重く見えるという懸念には、削るのではなく伝え方で応えます。契約書は発注者の利益にもなる(顧客の個人情報の適切な取扱い、権利の明確化、確認の手順、予算が読める、事故のときの連絡の体制)と伝えることです。期間の提示の順序も、①まず3か月で試せる、②30日前の連絡で月末に終了できる、③更新のたびに内容と料金を相談できる、という順に示すと、相手の心理的な負担が軽くなります。料金の見直しをお願いするときは、「目安20時間に対し実績28時間」のように数字で示します。
コンサルタントの方が自分で用意した契約書のレビューでは、自社の書式の落とし穴も指摘しました。一括前払いで返金しないという定めは、違約金や賠償額の予定に当たり得て(民法420条3項は違約金を賠償額の予定と推定)、相手方が消費者なら、解除に伴う平均的な損害を超える部分は無効になり(消費者契約法9条1項1号)、事業者どうしでも公序良俗(民法90条)による一部無効の余地があります。報酬を初期の設計の部分と継続の支援の部分に分け、解約の時期ごとの精算表を作るよう提案しました。「同一条件で」12か月ごとに自動更新する定めは、2年目には支払期日や不返還の理由の前提が合わなくなるため、合意による更新にするよう助言しています。
同じレビューでは、契約の相手方に「事業者として締結することを確認する」と書かせるだけでは、消費者契約法や特定商取引法の適用を排除できないことも指摘しました。相手方が事業者か消費者かは、確認の一文ではなく実態で決まるからです。また、受注者が作った資料を相手方が広告に使うことを想定しているのに、資料の「公開」を禁止する条項が置かれているという矛盾もありました。自分の契約書を作るときは、自分を守る条項だけでなく、取引の実際の流れと条項が合っているかを確かめることが、相手方に信頼される契約書につながります。
受注者に起きがちなこと
よくあるご質問
修正をお願いすると、関係が悪くなりませんか?
取引への前向きな姿勢を示し、「確認させてください」から入り、どちらか一方に有利にするためではないことを伝えれば、多くの場合は受け止めてもらえます。先方の担当者がそのまま社内に回せるよう、現行の条文・修正後の条文・理由をそろえて示すことも大切です。
修正は、何件まで出してよいですか?
決まりはありませんが、少ないほど検討が早く進みます。事務所の書類では、最終的に4件から7件程度に絞った例があります。直さない条項も明示すると、先方は安心して検討できます。
断られたら、どうすればよいですか?
あらかじめ回答のパターンごとに次の手を決めておきます。たとえば、賠償の上限を拒まれたら上限の額を上げる、既存の知的財産の条項を拒まれたら全部移転の条項に除外の但書だけを足してもらう、といった方法です。譲れない修正が通らない場合は、受注の見送りも選択肢になります。
修正の合意は、メールでもよいですか?
完全合意条項がある契約では、契約書の外のメールや口頭の合意は効力を主張しにくくなります。修正の合意は本文か覚書に入れ、電子署名は修正を反映した版で行います。契約書を直せない場合は、個別の発注の側で、後から示せる形で条件を確定させます。
自分で契約書を用意するとき、短くしてもよいですか?
削った部分は任意規定に戻り、賠償の上限がない、遅延損害金は法定利率など、受注者に不利な点が多くなります。変えてよいのは事実の相違と取引の条件で、そのうえで削れるもの・まとめられるものを整理します。重く見えるという懸念には、削るのではなく伝え方で応えます。
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本ページは一般的な情報提供です。個別の取引への法律の適用は、当事者の属性や取引の内容によって異なることがあります。事務所の改訂例・ご相談の事例として紹介している内容は、アトラス行政書士法人が受注者(業務を請ける側)の立場で作成・レビューしてきた業務委託契約書、基本契約・個別契約、秘密保持契約書、誓約書、先方へ送る修正のお願いの文案などを、個別の依頼者・相手方が特定できない形に整理したものです。条文は e-Gov法令検索で確認しています(最終確認日:2026年10月17日)。参考: e-Gov法令検索 / フリーランス法特設サイト(公正取引委員会) / 法人番号公表サイト(国税庁)